2005年 08月 27日
「戦後教育で失われたもの」 森口 朗 新潮新書 2005年8月 P203 680円
「どんなダメ息子やダメ娘でもそれを許容し見守るのは母親の役目ではないのか、父親はできれば勘当、最低でも叱り飛ばすのが役割だろう、と突っ込みを入れたくなるのですが、
性別役割分担を否定する戦後教育にあっては、私が間違いで、彼らこそ正しいのです。」(P12)
「もちろん文部科学省にも立派な方は大勢いらっしゃるのですが、組織としての判断となるとどうしてこんな不見識なものになるのか不思議です。
文部科学省の不見識ぶりのルーツと言えるのが、一九五六(昭和三十一)年から一九六五(昭和四十)年まで行っていた全国一斉学力テストの廃止でした。
その頃は文部省と日教組が最も激しく理論闘争を行っていた時代でした。日教組側の主張は例によって「過度な競争を招く」「学校の序列化に繫がる」というものです。
学力テストの是非は法廷にまで持ち込まれ、最終的には一九七六(昭和五十一)年に最高裁が学力テストを適法と判断しました。ところが、判決を待つことなく文部省は自主的に
学力テストを廃止していたのです。確かに下級審では学力テストを違法とする妙な判決もありました。当時は今と違って日教組思想を支持する世論も存在しました。しかし、
それでも訴訟を遂行する限りは「学力テストは正しい」と主張しているのですから、それを実施し続けるべきでしょう。百歩譲って最高裁判決が出るまで凍結したとしても、
勝訴の直後から復活させるべきだったのではないでしょうか。」(P31)
「教師の労力は、不登校児やいじめられっ子だけに振り分けられるべきではありません。できる子にもできない子にも「平等」に分配されるべきなのです。
四十人学級で、いつもいつも教師の労力を独り占めするような子どもは、他の子ども達にとって迷惑この上ない存在であり、公共財を不当に独占しているといっても
過言ではありません。
ところが、昨今の「不平等社会論」は、この点については沈黙を守ります」(P63)
「不平等社会論が力を得、論者本人ではなくメディアが安易に使うようになって、学力と年収を巡る議論はさらに混迷を深めています。
「親の年収が低いと塾にも行かせられないから子どもの学力が低くなる」という迷信が一人歩きしているのです。これはまったくの誤解としか言いようがありません。
「親の年収が低いと塾に行かせられない」というのは事実です。しかし、塾になど行かなくとも子どもは低学力にはならない。
高校生が塾なしで東大に行くのは至難の業ですが、東大に行く高校生と落ちこぼれの間には膨大な開きがあります。先の迷信は、そこのところを区分しないで議論している。」(P72)
「公立高校の教諭は、
「東大はともかく、早稲田・慶応クラスなら塾や予備校に通わなくても、学校の授業と一日二時間程度の家庭学習で充分合格できる」
と口をそろえます。
そして、早稲田・慶応クラスの大学を卒業して「学歴」で泣かされる業界は、ほとんど(皆無とはいいませんが)ありません。ですから、公立しか行けなくても、
塾に通えなくても、「扉」は開いています。
ただ、一日二時間程度の勉強をきちんとし、自力で「扉」を潜り抜けられる生徒が公立高校では極少数になってしまったのです(だから、公立中学校からの「学力向上」に
向けた改革が不可欠なのです。公立高校だけが優秀になっても、塾に通える裕福な家の子が公立名門校に行くだけです)。」(P79)
「私は、戦後教育は、今を生きる全ての世代の人々を不幸にしかねないと思っています。そして、多くの人々は自身の不幸の原因に学校教育が大きく関わっていると
気づいていません。その意味では、天皇陛下のために死ねと教えた戦中教育以上に罪深い要素を持っています。」(P84)
「一九七〇年あたりまでは、学校もまた他の共同体同様、子どもに不条理を受け入れさせることを是としてきました。その最たるものが「校則」です。髪の毛の長さ、制服の丈、
靴下の色等々、様々な物事がさしたる合理性もなく校則で決められていました。
戦後教育を絶対善と信じ学校に「合理性」を求める人々は、この校則を廃止しようとしました。最初は丸坊主を廃止する程度のおとなしいものだった動きは、
どんどん過激になり、制服廃止、全ての校則廃止へと進展していきます。そして、学校は教師と生徒からなる共同体から、生徒を預かるだけの「青少年用保育園」へと変貌しました。
世の中には「お約束」があります。ある社会が共同体として機能しているか否かは、この「お約束」がどの程度通じるかによって決まるといえるでしょう。今、学校では、
大人が当然だと思っている「お約束」が通用しません。
教師とは敬語で話すものという「お約束」、授業の始めには起立をするという「お約束」は失われました。人は平等だからです。生徒は髪の毛を染めないという「お約束」もなくなりました。どんな格好をするかはその子(又はその親)の自由だからです。」(P110)
「我が国の高校生だけが、「先生に反抗することは本人の自由」だと認識しているのです。日本青少年研究所が一九九六年に実施した意識調査では、この手の規範の最もゆるそうなアメリカでさえ「先生に反抗することは本人の自由か」という調査に対し、イエスと答えた生徒はたったの十五・八%でした。これに対し日本の高校生は七十九%がイエスと答えています。」(P112)
「戦後教育の価値観では、先生と生徒は平等ですから自分が正しければ反抗してよいに決まっています。しかし、他の国の高校生は同じ状況でも、「反抗してはいけない」という規範と
「相手が誰であれ正しいことは正しい」という良心・理念の板ばさみにあいます。この板ばさみが、人を大人に育てるのです。」(P113)
「第十条にこんな条文があります。
「①教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。②教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」
この法律において「教育」は、主に「学校教育」を指しているのは先に述べたとおりですが、多くの教員はさらに一歩進めて次のように解釈しています。
「教師は誰にも支配されることなく、直接、児童・生徒と向き合って教育する責任(と権限)がある。文部科学省や教育委員会(その手下の校長)は口を出さずに金だけだせばいい」」(P152)
「私達が、他人を幼稚と感じるのはどういう時でしょう。
「思考が単純である」「常に主役でいたがる」「感情のコントロールができない」といったところでしょうか。こう考えると、学校に限らず子どもを取り巻く環境は、人を大人にするどころか、
幼稚であることを奨励しているようなものばかりです。
単純思考の最たる場所はアニメ(特に「ヒーローもの」)の世界です。ここには「良い人」と「悪い人」しか出てきません。「良い人」にもそれぞれのキャラの違いはありますが、
そのキャラも記号化されていて、例えばゴレンジャー系のヒーローだと、その人の持つ「色」によって、大方のキャラが読めるほどです。」(P176)
「戦後教育は子どもから「『己』を知る謙虚さ」「『宿命』を受け入れる潔さ」「『不条理』を生き抜く図太さ」「『日本人』であることの誇り」を奪いました。これら一つ一つはもちろん重要ではありますが、何よりも大切なのは謙虚さ、潔さ、図太さ、誇りを獲得する中で「大人になる」ことです。」(P179)
「どんなダメ息子やダメ娘でもそれを許容し見守るのは母親の役目ではないのか、父親はできれば勘当、最低でも叱り飛ばすのが役割だろう、と突っ込みを入れたくなるのですが、
性別役割分担を否定する戦後教育にあっては、私が間違いで、彼らこそ正しいのです。」(P12)
「もちろん文部科学省にも立派な方は大勢いらっしゃるのですが、組織としての判断となるとどうしてこんな不見識なものになるのか不思議です。
文部科学省の不見識ぶりのルーツと言えるのが、一九五六(昭和三十一)年から一九六五(昭和四十)年まで行っていた全国一斉学力テストの廃止でした。
その頃は文部省と日教組が最も激しく理論闘争を行っていた時代でした。日教組側の主張は例によって「過度な競争を招く」「学校の序列化に繫がる」というものです。
学力テストの是非は法廷にまで持ち込まれ、最終的には一九七六(昭和五十一)年に最高裁が学力テストを適法と判断しました。ところが、判決を待つことなく文部省は自主的に
学力テストを廃止していたのです。確かに下級審では学力テストを違法とする妙な判決もありました。当時は今と違って日教組思想を支持する世論も存在しました。しかし、
それでも訴訟を遂行する限りは「学力テストは正しい」と主張しているのですから、それを実施し続けるべきでしょう。百歩譲って最高裁判決が出るまで凍結したとしても、
勝訴の直後から復活させるべきだったのではないでしょうか。」(P31)
「教師の労力は、不登校児やいじめられっ子だけに振り分けられるべきではありません。できる子にもできない子にも「平等」に分配されるべきなのです。
四十人学級で、いつもいつも教師の労力を独り占めするような子どもは、他の子ども達にとって迷惑この上ない存在であり、公共財を不当に独占しているといっても
過言ではありません。
ところが、昨今の「不平等社会論」は、この点については沈黙を守ります」(P63)
「不平等社会論が力を得、論者本人ではなくメディアが安易に使うようになって、学力と年収を巡る議論はさらに混迷を深めています。
「親の年収が低いと塾にも行かせられないから子どもの学力が低くなる」という迷信が一人歩きしているのです。これはまったくの誤解としか言いようがありません。
「親の年収が低いと塾に行かせられない」というのは事実です。しかし、塾になど行かなくとも子どもは低学力にはならない。
高校生が塾なしで東大に行くのは至難の業ですが、東大に行く高校生と落ちこぼれの間には膨大な開きがあります。先の迷信は、そこのところを区分しないで議論している。」(P72)
「公立高校の教諭は、
「東大はともかく、早稲田・慶応クラスなら塾や予備校に通わなくても、学校の授業と一日二時間程度の家庭学習で充分合格できる」
と口をそろえます。
そして、早稲田・慶応クラスの大学を卒業して「学歴」で泣かされる業界は、ほとんど(皆無とはいいませんが)ありません。ですから、公立しか行けなくても、
塾に通えなくても、「扉」は開いています。
ただ、一日二時間程度の勉強をきちんとし、自力で「扉」を潜り抜けられる生徒が公立高校では極少数になってしまったのです(だから、公立中学校からの「学力向上」に
向けた改革が不可欠なのです。公立高校だけが優秀になっても、塾に通える裕福な家の子が公立名門校に行くだけです)。」(P79)
「私は、戦後教育は、今を生きる全ての世代の人々を不幸にしかねないと思っています。そして、多くの人々は自身の不幸の原因に学校教育が大きく関わっていると
気づいていません。その意味では、天皇陛下のために死ねと教えた戦中教育以上に罪深い要素を持っています。」(P84)
「一九七〇年あたりまでは、学校もまた他の共同体同様、子どもに不条理を受け入れさせることを是としてきました。その最たるものが「校則」です。髪の毛の長さ、制服の丈、
靴下の色等々、様々な物事がさしたる合理性もなく校則で決められていました。
戦後教育を絶対善と信じ学校に「合理性」を求める人々は、この校則を廃止しようとしました。最初は丸坊主を廃止する程度のおとなしいものだった動きは、
どんどん過激になり、制服廃止、全ての校則廃止へと進展していきます。そして、学校は教師と生徒からなる共同体から、生徒を預かるだけの「青少年用保育園」へと変貌しました。
世の中には「お約束」があります。ある社会が共同体として機能しているか否かは、この「お約束」がどの程度通じるかによって決まるといえるでしょう。今、学校では、
大人が当然だと思っている「お約束」が通用しません。
教師とは敬語で話すものという「お約束」、授業の始めには起立をするという「お約束」は失われました。人は平等だからです。生徒は髪の毛を染めないという「お約束」もなくなりました。どんな格好をするかはその子(又はその親)の自由だからです。」(P110)
「我が国の高校生だけが、「先生に反抗することは本人の自由」だと認識しているのです。日本青少年研究所が一九九六年に実施した意識調査では、この手の規範の最もゆるそうなアメリカでさえ「先生に反抗することは本人の自由か」という調査に対し、イエスと答えた生徒はたったの十五・八%でした。これに対し日本の高校生は七十九%がイエスと答えています。」(P112)
「戦後教育の価値観では、先生と生徒は平等ですから自分が正しければ反抗してよいに決まっています。しかし、他の国の高校生は同じ状況でも、「反抗してはいけない」という規範と
「相手が誰であれ正しいことは正しい」という良心・理念の板ばさみにあいます。この板ばさみが、人を大人に育てるのです。」(P113)
「第十条にこんな条文があります。
「①教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。②教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」
この法律において「教育」は、主に「学校教育」を指しているのは先に述べたとおりですが、多くの教員はさらに一歩進めて次のように解釈しています。
「教師は誰にも支配されることなく、直接、児童・生徒と向き合って教育する責任(と権限)がある。文部科学省や教育委員会(その手下の校長)は口を出さずに金だけだせばいい」」(P152)
「私達が、他人を幼稚と感じるのはどういう時でしょう。
「思考が単純である」「常に主役でいたがる」「感情のコントロールができない」といったところでしょうか。こう考えると、学校に限らず子どもを取り巻く環境は、人を大人にするどころか、
幼稚であることを奨励しているようなものばかりです。
単純思考の最たる場所はアニメ(特に「ヒーローもの」)の世界です。ここには「良い人」と「悪い人」しか出てきません。「良い人」にもそれぞれのキャラの違いはありますが、
そのキャラも記号化されていて、例えばゴレンジャー系のヒーローだと、その人の持つ「色」によって、大方のキャラが読めるほどです。」(P176)
「戦後教育は子どもから「『己』を知る謙虚さ」「『宿命』を受け入れる潔さ」「『不条理』を生き抜く図太さ」「『日本人』であることの誇り」を奪いました。これら一つ一つはもちろん重要ではありますが、何よりも大切なのは謙虚さ、潔さ、図太さ、誇りを獲得する中で「大人になる」ことです。」(P179)



























